Esercizio Terapeutico Conoscitivo Aichi
恐怖環境が静止立位中のsensory reweightingに与える影響
著者:菅沼 惇一,橋本宏二郎,高木 恵,佐藤 剛,石垣 智也,植田 耕造, 岡田 洋平,冷水 誠,森岡 周
抄録:Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
【はじめに,目的】
ヒトの立位姿勢制御は,常に状況に応じて各感覚(視覚,前庭感覚,体性感覚)の再調整と重み付けを調整しているが,これはsensory reweightingと呼ばれている(HorakFB,etal.1996)。例えば高所においては,ヒトは立っていること自体に恐怖を感じてしまう。このような恐怖環境ではsensory reweightingが生じていると考えられるが未だ明確にはされて いない。立位姿勢制御におけるsensory reweightingは,姿勢制御に関わる視覚や体性感覚,前庭感覚をそれぞれ変化させ,それに伴う姿勢制御の変化により評価することが多い。恐怖環境における立位姿勢制御においては筋紡錘の感度や前庭反射の感度が上昇する(HorslenBC,etal.2013)ことから,我々は恐怖環境における立位姿勢制御において体性感覚や前庭感覚へsensory reweightingが行われているのではないかと仮説をたてた。恐怖環境において体性感覚や前庭感覚へのsensory reweightingが生じているとすると,恐怖環境において体性感覚情報の信頼性を低下させるラバーマットが立位時姿勢動揺に与える影響は恐怖の程度が低い平地条件と比較して大きくなり,前庭系が感知する頭部加速度や視覚への持続的な注意を求められる注視点も変化する可能性がある。そこで本研究は,ラバーマットの有無が高所という恐怖環境において立位時姿勢動揺,頭部加速度,注視に与える影響について検討することを目的とした。
【方法】
対象は若年健常者11名(年齢:24.6±3.8歳)とした。静止立位は,平地および恐怖反応を誘発する高さ140cmの台上で立位保持の二条件(高さの要因)と,ラバーマットの有,無の状態(ラバーの要因)での重心動揺計上において3.87m前方の注視点を注視しながら,開眼,閉脚で各30秒間立位保持を行った。評価項目は各条件における立位保持時の恐怖心(VisualAnalogueScale,VAS),姿勢制御パラメータとしての前後左右の実効値,頭部加速度の前後・左右方向の実効値,注視点への眼球 停留率,自覚的注視強度(VAS)とした。注視点に対する眼球停留率はアイカメラにて評価し,解析ソフトVirtualDubによる Framebyframeanalysisにより,30秒間のうち注視し続けている時間の割合を指標とした。統計解析は,高さの要因とラバー有無の要因の各評価項目の差を検討するため,反復測定二元配置分散分析を用い,交互作用を認めた場合,後検定にて単純主効 果の検定を実施した。尚,有意水準は5%とした。
【結果】
恐怖心,重心動揺の前後の実効値,注視点に対する眼球停留率,自覚的注視強度,頭部加速度の左右の実効値は高さの 要因とラバーの要因で主効果と交互作用を認めた。各後検定の結果は平地条件と比べ高所条件では恐怖心が増加し注視点に対する眼球停留率と自覚的注意強度が減少した。さらに,高所条件のラバー条件では恐怖心が増加し,平地でのラバー条件と比べ 前後の実効値,頭部加速度の左右の実効値,注視点に対する眼球停留率,自覚的注視強度が減少した。
【考察】
本研究の高所条件は,先行研究(JustinRD,etal.2009)と同様に恐怖心が増大し前後の実効値が変化したことから恐怖環境が成立していたことが考えられる。また,注視点への眼球停留率が減少,自覚的注視強度が減少したことから,恐怖環境では注意を視覚情報ではなく,体性感覚や前庭感覚へsensoryreweightingを生じさせていたことが考えられる。さらに,恐怖環境下でラバーマットにより体性感覚情報の信頼性を低下させると,注視点への眼球停留率や自覚的注視強度が減少したことから視覚情報への依存が減少していたことが示された。前庭感覚の情報においては,頭部加速度の左右の実効値が減少したことか ら,前庭感覚の情報が明確に増加しているとはいえなかった。先行研究で,頸部が正中位であることが姿勢制御に重要であること(VuillermeN,etal.2013),足底の感覚の低下により頸部の固有感覚情報への依存が増加すること(VuillermeN,etal.2008)が 報告されている。今回,頭部加速度の左右の実効値が減少したことは頭頸部の動きが少ないことを示しており,頭頸部の固有感覚へsensory reweightingが生じている可能性を示唆している。
【理学療法学研究としての意義】
本研究は,恐怖環境で足底からの体性感覚情報の信頼性が低下した場合,頭頸部の固有感覚へsensory reweightingするということを示した。この結果は,恐怖心や不安などの心理的要因により姿勢バランスが不安定になる患者に対する理学療法を考察する基礎的知見になると考える。
コメント
2点識別覚の低下と転倒率は相関しているという報告もあり、立位姿勢や、歩行での恐怖心を患者が抱いているとき、足底の触圧覚が低下していることが多いということを私自身、臨床の中で経験することが多い。
恐怖環境下での視覚、前庭感覚、体性感覚の再調整と重み付けを調する、sensory reweightingという視点は恐怖心の治療において重要であることを教えてくれた。
(文責:岩谷竜樹)