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はじめて考えるときのように

「わかる」ための哲学的道案内

文:野矢 茂樹 絵:植田 真
発行所:株式会社PHP研究所
第1版発行:2004年8月18日
目次
1、「考える」って何をすることだろう
2、問いのかたち
3、論理的に考えるだって?
4、ことばがなければ考えられない
5、見えない枠
6、自分の頭で考える?

本書には“考える”ことを日常の中の出来事あるいは、理解しやすい絵もふまえ書かれています。

第1章の中に「ずっと考えている」といった言葉があります。この「ずっと考えている」とはどういうことなのでしょうか。本書の中では「ずっと考えている」と言いながら他のことを行っている場合、それは考えていないといえるのではないかと書かれています。しかし、筆者はなぞなぞを出されその答えがでず、そのことを忘れて普通の生活をし、何かを見たりしたきっかけで答えがわかったりした時に答えを言うと『まだ考えていたの?』と言われたことがあると書かれています。つまり、「ずっと考えている」という事は人それぞれであり、考えていないようでも考えているときもあるといった事が書かれていました。

また、第2章では「学べば学ぶほど、問題は増える」とあり、また「僕らは本や学校で、これまでひとが見出してきたさまざまな秩序、筋道を学ぶ。だけどそうやってさまざまな『型』を学ぶことによって今まで見えていなかった『型やぶり』なものが見えるようになる。つまり、学べば学ぶほど、見えてくる問題は増えてくるというわけだ」と書かれています。これは、知ることにより『型やぶり』といった疑問が生まれその疑問により新たな問いが出現して、それをさらに知ることによりまた新たな疑問が増えてくるという事が書かれていました。

そして、第6章の中で「考えるということは、実は頭とか脳でやることでない。手で考えたり、紙の上で考えたり、冷蔵庫の中身を手に持って考えたりする」と書かれています。また「筆算を習ったひとだけが、暗算することができる。最初から暗算を習うのは、無理ってもんだ」と書かれてあり、「最初の最初はおはじきを使ってやってみるとか、図を使うとかして習う」とも書かれています。これは、知っているからこそ頭の中でイメージや操作ができるわけで、散らないことは頭の中だけで考えるのは難しいことなのだと書かれていました。

私は第1章を読んで、答えをすぐに出さなくても一度保留にしておくことが必要であると感じましたし、患者さんにも何かを考えてもらうには一呼吸を置いて間をとる必要性があるのではないかと考えました。また、第2章を読んで、臨床場面で疑問を生み出すことのできる適切な難易度の設定において患者さんに難しい問いを出していないかと再度考えさせられました。第6章を読んでも問いを解決できるように患者さんに提供できる環境や道具を使って難易度の設定を考えなければいけないと考えました。そして自分にとっても知識の探究を繰り返す、問いを作って考えていくことを続けていかなければと感じました。(文責 岡崎南病院 西村 郁江)
 

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