Esercizio Terapeutico Conoscitivo Aichi
著者:磯田昌岐
雑誌:神経心理学 31;17-25,2015
【要約】
近年、ニューロサイエンスの領域において社会的適応能力の獲得や遂行における社会的脳機能を霊長類、特にマカクザルやマーモセットを用いた研究の中から解明をめざす試みが急速に発展しており、社会的認知機能の神経機構を細胞レベル、あるいは神経ネットワークレベルで明らかにしようとする試みが始まっている。本稿ではそのような例として、著者らが行った自他の行為の区別、他者の行為のモニター、そして他者の行為の情報の利用における前頭葉内側皮質細胞の役割を解説し、サルを用いた社会的認知機能のシステム生理学的理解に向けた取り組みを紹介する。
著者らは前頭葉内側皮質の細胞が自己の行為と他者の行為をどのように表現しているのかを系統的に調べるため、2頭のニホンザルを用いて実験課題をおこなった。向かい合わせにサルを座らせ、テーブル上に各個体用に3つずつのボタンを配置する。一方のサル(これをアクターとよぶ)が手前の赤く点灯したスタートボタンを押すと試行が開始、一定時間後に左右のターゲットボタンがそれぞれ緑色と黄色に点灯する。アクターはどちらかのターゲットボタンを選ぶ、正しい色(報酬と連合する色)を選択した場合には、2頭のサルは報酬をもらえ、間違った場合はない。他方のサルは試験を行っている間は自身のスタートボタンに手をのせ続けている。各サルの役割は2試行ごとに交代する。正しいターゲットの色(緑色か黄色)は5~17試行連続して同じものが続き、その後予告なしに切り替わる。つまりサルは正解の色の切り替わりのタイミングを予測する事は出来ない。このような役割交換課題の遂行において、サルがトータルとして最大量の報酬を獲得するためには、相手の選択行為と報酬結果の情報から、今はどちらの色が正解なのかを理解し、それをもとに自己の選択行為を正しく導く必要がある。これらの役割交換課題を行うサルの神経細胞活動を記録し解析した結果から、社会脳ネットワークを構成する前頭葉内側皮質には、自己の行為と他者の行為の情報処理に関し、背側・腹側領域間に機能的差異が存在することが示唆された。背側領域には他者の行為の情報を処理する細胞が多く、腹側領域には自己の行為の情報を処理する細胞が多いことから、他者の行為の情報は、主として背側領域の細胞によってモニター・処理され、その情報をもとに社会的コンテキストにふさわしい自己の行為が、主として腹側領域の細胞によって制御・出力されるという仮説が考えられた。
その他に自他判別に関わる脳領域として腹側前頭前野や大脳基底核の線条体細胞についても紹介し、霊長類動物を用いたシステム生理学的研究は、社会的認知機能のメカニズムを神経細胞レベルと神経ネットワークレベルでの生理学的基盤の解明に貢献できる事が期待されると述べた。
【コメント】
他者の信念や意図、感情などの心理状態を認め、それを推測し、それによって他者の行為を理解したり予測したりするという認知的プロセス(メンタライジング)は、他者の行為の観察から他者の内面を推測する必要がある治療者にとってヒントになるかもしれない。また他者行為のモニターから他者行為の意図性の検出と分析をし、その情報に基づく自己行為のプランニングがされ、社会的文脈に適した自己の行為の制御、実行されるという点も興味深く自己啓発・他者教育の視点でもヒントにできそうである。
(文責:井内 勲 岡崎共立病院)