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共感の理論と脳内メカニズム

著者:梅田 聡
雑誌:高次脳機能研究 38(2):133~138,2018


【要約】
 共感に関する研究は、近年、さまざまな観点から進められており、理論的に確立され、神経メカニズムも徐々に明らかにされつつある。共感とは他者の感情状態を共有する精神機能である。この機能を一側面でとらえる事は難しく、これまでの研究ではこの機能を他者の心の状態を推論し、理解する、認知的共感(cognitive empathy)と、その状態を感情的に共有する、あるいは身体反応を伴って同期する、情動的共感(emotional empathy)と2つの要素に分類して捉えることが多くみられた。前者は比較的意図的なプロセスを含んでおり、基本的にトップダウン型の処理であると考えられ、後者はその名の通り、情動面での共感であり、比較的自動的なプロセスを含み基本的にはボトムアップ型の処理であると考えられる。
 しかしながらこの捉え方はやや大雑把であり、要素的な交絡が認められる。筆者は、共感を3つの要素、1)行動的共感、2)身体的共感、3)主観的共感に分ける理論的枠組みを提案した。「行動的共感」は他者の行動を観察するとそれに伴い、自分に類似した行動が起こるという意味での共感を意味し、「ミラーニューロン仮説」とも一致する部分が多い。「身体的共感」は他者の身体反応(自律神経反応)を伴う心的状態を理解する役割で、身体反応がボトムアップに誘発される場合を意味する。ただこの場合、外部から観察者に身体反応がみられても、必ずしも観察者に主観的な共感の感覚が伴っているとは限らない。「主観的共感」はまさに主体が共感している意識を持っている場合を意味する。身体的な同期反応が主観的な共感を伴う事が多いものの、トップダウンにも生じる場合や、主観や意識のレベルでは共感の感覚があっても、身体レベルでは反応がみられない場合などである。主観的共感は、同一集団に属する相手などには共感が生じやすいなど、社会・文化的な要因が関与する点が特徴的である。
 「共感」という用語に対応する英語の表現にはsympathyとempathyがある。Sympathyは同情と訳出されることからも、他者と受け手の心の状態の異質性な視点を持つ場合があるが、empathyの場合は心の状態の同質性という視点として使われる。また心理学の分野において、他者および自己の心の状態をいかに認識するかについては、「心の理論(theory of mind)」の研究があり、その対象とされているのは、自他の意図や欲求、あるいは信念の理解であり、共感が生じる背景にはこの「心の理論」が関与している。「心の理論」を考える上で重要なことは、他者理解の仕方に、言語的コミュニケーションと非言語的コミュニケーションに基づくものが有るという点である。共感にはトップダウンとボトムアップの形式があり、前者は言語をもとにした、より顕在的(意識的)な心の理論のパフォーマンスと、後者は非言語をもとにした、より潜在的(無意識的)な心の理論のパフォーマンスとそれぞれ深い関係にある。前者は言語をベースとした「思考」のプロセスの結果として理解され、後者は「直観的」な理解という点で大きな相違があり、これらはそれぞれを支える神経基盤の違いにも表れている。
 共感にかかわる神経ネットワークとして、1)エモーショナルネットワーク(emotional network):扁桃体、側坐核、視床、前頭葉眼窩部などヤコブレフの情動回路を中心としたネットワーク 2)セイリエンスネットワーク(salience network):帯状回前部、島皮質前部からなるネットワークでホメオスタシス状態から逸脱した際に敏感に反応し、その回復を促す役割を担う 3)メンタライジングネットワーク(mentalizing network):前頭前野内側部・帯状回前部近傍、側頭頭頂接合部、上側頭後頭部などから成り、「心の理論」にかかわるネットワーク 4)ミラーニューロンネットワーク(mirror neuron network):頭頂葉下部や運動前野腹側・前頭葉下部など の4つの分類にまとめられる。前述の共感の分類をもとに考えると、行動共感には、主にメンタライジングやミラーニューロンのネットワークが、身体的共感には、主にエモーショナルネットワークやセイリエンスネットワークが深く関与すると考えられる。そして、主観的共感には、これら4つのネットワークがすべてかかわり、統合的に共感の主観的経験が形成されるものと考えられる。

【コメント】
 共感の分類とその脳内ネットワークなども整理がつきやすかった。要約では「共感の身体性」と「共感の病理」を割愛したが、「共感の身体性」の部分では特にセイリエンスネットワークの帯状回前部と島皮質前部の、他者の心的な痛みに関しての共感や、「内受容感覚」にも触れられており、また最後の「共感の病理」では自閉症スペクトラム障害などの発達障害や神経心理学の視点からについても述べられており、とても興味深い内容であった。


(文責:井内 勲 岡崎共立病院)
 

 

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