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記憶と認知の接する場所

文責:岩谷 竜樹(国府病院)

著者:永福智志

雑誌:BRAIN and NERVE 69(4):439−451.2017

【要約】

本総説で取り扱うブロードマン領野27、 28、 36、37野は、側頭葉腹側部の海馬傍回の吻側部に存在する前海馬支脚、内嗅皮質、紡錘状回吻側部に主に存在する嗅周囲皮質、および紡錘状回後部におおむね該当する。

側頭葉腹側部に存在するこれらの領野は長期記憶の固定に関係する海馬と認知情報の処理に関わる高次感覚皮質の中間点に存在し、手短に言えば、記憶と認知が接触する場所である。

27野に関するヒトでの機能的脳イメージング研究は少ないため、同領域の機能に関しては、げっ歯類を用いた動物実験での研究結果が示唆的である。覚醒行動下のげっ歯類の前海馬支脚背側部からの単一ニューロン活動記録実験によって、頭部方向細胞(head direction cell)と呼ばれる興味深い反応性を有する細胞の一群が発見されている。頭部方向細胞とは、動物の頭部の方向に依存してスパイク放電する細胞である。頭部方向細胞は、げっ歯類ではこれまでに前海馬支脚のほかに、海馬支脚、内嗅皮質、脳梁膨大後部皮質、背側被蓋核、外側乳頭体核、視床前核などにも存在することが報告されている。ヒトでも前海馬支脚に隣接する内嗅皮質から頭部方向細胞が記録されている。また、 28野に関しても機能的脳イメージング研究は多くないが、 この場合もげっ歯類での研究が示唆的である。覚醒行動下のげっ歯類のMEAにおける単一ニューロン活動記録実験によって、格子細胞(grid cell)と呼ばれる、たいへん特徴的な反応性を有するニューロンの一群が発見されている。格子細胞とは文字どおり格子状に外部空間を表現する細胞である。この発見以降、格子細胞は、前海馬支脚、傍海馬支脚でも記録されている。格子細胞の発見は、 げっ歯類の空間情報処理機構の1つのステージを明確にしただけでなく、動物の脳における外部環境の情報表現様式の解明に大きな一石を投じるものであった。この功績によりMoser夫妻が、海馬の場所細胞の発見者であるO'Keefeとともに2014年度のノーベル生理学医学賞を受賞したことは改めて言及するまでもない。格子細胞の受容野間の距離は環境に依存せず、経験よる影響を受けないため、格子細胞は外部空間における普遍的な距離を表現すると現在考えられている。ヒトでも格子細胞の存在を示唆する機能的脳イメージングの報告がある。げっ歯類の格子細胞の多くは、動物の移動方向(頭部方向)に対する選択性を有し、それは格子の与える座標に沿って一定の角度を成す。このため、動物が空間探索を行い、 さまざまな方向に移動するような場面では、動物の移動方向に応じて、内嗅皮質全体で脳活動の規則的な変動を生じる。この現象を指標にして、最近ヒトでも格子細胞の存在を示す実験結果が得られている。ヒトが、仮想空間を探案中、その移動方向に従いある規則的な脳活動の変動が生じることが予測される。fMRI計測の結果、そのような脳活動の変動を示す領域は右側内嗅皮質に局在することが見示された。なぜ、記憶の固定に関すると考えられる海馬やそのインターフェースである内嗅皮質に、場所細胞や格子細胞といった空間表現があるのか、今なお確かな結論は導かれていない。今後のさらなる研究展開が期待される。

【コメント】

今年3月の県士会で私は「転倒に対する恐怖心と身体見積もり誤差との関係」で発表させていただいた。頭頂葉で多感覚的に統合される情報をもとに作られる身体イメージが、恐怖心に影響を与えると考えていたが、記憶の固定に関係すると考えられている海馬やそのインターフェースである内嗅皮質に今回の論文のように空間表現がある。頭部方向細胞、格子細胞、場所細胞、記憶と認知の接触する部位にあるこうした細胞から得られる空間情報は、経路積分とランドマークによる補正とを組み合わせた空間ナビゲーションとして統合されていると仮説づけられている。頭頂葉の情報は海馬を介して扁桃体に送られる。この海馬にも様々な感覚情報が入力しており、物の位置や匂い時間により発火頻度の変化するニューロンも存在するという報告もある。頭頂葉、海馬。こうした複数の情報を統合する神経活動が人間の空間認知を支える地図として働くと考えられ、さらに視点を広げて神経生理学的な知見を紐解いていかなければならないと感じた。

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