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朝日文庫

著者:河合隼雄 鷲田清一

 

 臨床場面において治療者と患者との間で交わされることばのやりとりは、とても重要である。セラピストが患者の発することばに耳を傾け、ことばを介して、患者の内部で何が起こっているのかを解釈し、理解することで適切な治療につなげることができ、患者自身も自分自身の身体がどのようになっているのかをセラピストの問いかけに対し、分析することで気づくことができる。

 本書は、臨床心理学者・心理療法家の河合隼雄氏と臨床哲学者の鷲田清一氏の作品である。

 本書の中で河合氏は「聴く」という態度で接すると、相手の人の心が自由にはたらきはじめる。無意識内の心のはたらきが活性化されると言っていいだろう。そこで、その人はそれを何とか言語にして話しはじめる。それを聴く側としては、それに応答してゆくのだが、それが下手をすると相手の心のはたらきを止めてしまうことにある。と述べている。確かに臨床の場面で患者と真剣に向き合い聴こうとする姿勢を持たなければ、患者は多くを語ろうとしないし、身体内部で起こっている詳細を、語ってくれない。私の臨床経験の中で、ことばがけ一つで、今まで詳細に語ってくれていたのに、適当になっていってしまったことがあり、自身のことばがけを反省したことがあった。患者にことばがけの重要性を教えて頂いた一つの臨床経験である。ことばがけをするときには、ただ、やみくもに問いをかけるのではなく、ことばを吟味して発するように注意しなければ、患者からの内部情報を得ることができないということを学んだ。

 鷲田氏は、触覚について、「触覚というのは、ものすごく注意深い運動で、タマゴを持つときでもギューッとは密着しませんし、注意深くまさぐるようにそーっとやらないと、本当の触覚は起こらない。すごく微妙な感覚なんですね。ということは、感覚というのは受け取るものというよりも、そーっと探りに行く、物に向かう人間の運動ということなしにありえないと思うんですね。」と述べている。確かに、患者が物を取りに行く行為は、伸張反射の異常などにより、そーっと探りに行くという運動はなかなか難しい。本当の触覚は起こっていないとも考えられる。

 解説の中で鎌田實氏は、「医療や介護の現場では、人と人の関係性を無視することはできない。ただ患者さんから出てくることばを聴くというシンプルな行為からはじまる。それによって、患者さんは自分が完全に理解されたとは思わないが、自分に感心をもってもらったということが、患者さんを変えていく。」と述べている。臨床の場で私が行うことの一つに患者のことばを聴きながら、患者の病態を自分自身の身体に置き換えて患者を理解することである。痛み、筋力、重さ、バランス、歩行、リーチ動作など様々な情報を集め、患者の状態に自分自身が近づき、分からないところを再度、聴くというふうにし、そうすることで患者をより理解することができる。

 本書は、臨床心理学者、臨床哲学者の二人の「ことば」「聴くこと」を対談という形で述べられている。二人の臨床家に「ことば」「聴くこと」の重要性を再度教えて頂いた書籍である。

(文責 尾﨑正典 尾張温泉かにえ病院)

臨床とことば

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